人生の「木」

こんにちは、スウです😃

すぅ

公認心理士

精神障がい者を主に社会復帰・就労を得意分野とする。

自己肯定感とセルフエフィカシーを重んじ、働くことを通して相乗効果を狙い支援。

施設メンバーはもちろん、他問い合わせにも柔軟に応じる。

・公認心理士

・介護福祉士

・介護支援専門相談員

・フラワーデザイナー

好きな食べ物:スイカ

犬を飼っているが猫好き(犬も好きだけど (笑))

花や自然が大好き

今日は「人生の木」というお話をしていきます。

また、何を言い出したんだ。。。この人は💦

と思わないでくださいね☺️

これは私自身の「生き方」「考え方」の軸になっているものなのでぜひ参考にしてやってください😃

人は「辛い思い」をして、悲しみ、悲劇を感じ、泣き、絶望する。

みなさんにもこんな経験があるのではないでしょうか

例えばその出来事のほとんどの原因は自分以外の誰かだったりもする。

アドラーの承認欲求もそうですが、ほとんどの場合、他者からの承認への欲求が自分の心を締め付け、苦しくなっていくのです。

「私の人生だ」そうクールに言い放つことができたら、どんなに楽なんだろう

私は人と付き合うのが苦手です。

この仕事をしていて「何じゃそりゃ」って思い方もいらっしゃるでしょうが、これは本当のお話。

そもそも合コンとか本当に無理でいったことないし、会社の飲み会も基本はいかないんです。

みんなに「何で??」って聞かれますが、答は1つ。

「いきたくない」

それだけです。

会社によっては「いくのも仕事だから」といわれ、無理やり行ったこともあったけれど、私はその度に感じていました。

「帰りたい」「二度と嫌だ」と。

そして仮病を使って休むようになります。

それほどに嫌だ。

じゃあ、何でいきたくないのか

よく知らない人たちと飲んだり食べたりで、数時間を過ごすことに喜びを得られないし、むしろ苦痛だからです。

「大人なんだからそこは頑張ろう、みんなもそうだけど行くんだから」

って言われてきましょたけど、その説得も私にしたら意味不明でした。

大人だから頑張ろう??

そこってどこだよ??

みんなもそう??

じゃあいかなければいいじゃん  笑

私を巻き込まないで欲しいって思う。

みんなあれだ、「嫌われたくないし」「仲間外れになりたくないし」でしょ??

ソレでいけちゃうのって私からしたら逆にすごいって感じでした。

私は、だったら別に嫌われてもいいって感じだったし、そんなもので得た関係があるとしたら大人ってくっだらない、って思っていたから。

だって、その先に何があるの??

私はストレスに犯されるじぶんの体の方が余程心配。

じゃあなんで人付き合いが苦手なんだろう

「人は私の気持ちを引っ張るから」

です。

大事な人を失ったり、裏切られたり。

好きな人に傷つけられたり、

人の落ち込むほとんどは「人」

そんなものに気を使っていたら身が持たないと思いませんか??

人の心は操縦できないんです。(ある程度の誘導はできますが)

人に心を引っ張られないことの前提には、上記に述べた「回避」ももちろんあります。

でもそれだけではだめです。

だって、人は人を絶対に好きになり、ソレは必要なことでもあるのだから

ここでまた、私の過去のお話を少し聞いてください。

私は過去に大好きだった人に大きく裏切られた経験があります。

私の恋人だったその人に私は全身で信頼を寄せていたのです。

しかし、彼はいとも簡単に私を裏切ります。大きく裏切ったのです。

当時の私はいが狂うほどに落ち込み、泣き、現実逃避をします。

そして、なんとか彼をつなぎとめ、彼と再び生活をしたのです。

その時から

私

毎日、毎分

彼のために

生きました

「またいなくなったらどうしよう」

「また裏切られたら・・・」

自分がいけなかったところは全部直して、全部変えて、彼の「快適」を最優先しよう。

そんな生活が1年続きました。

彼に裏切られ、我を失った同じ時期の冬がきて、私はようやく気がつきます

「なんでこんなに気を使わなければいけないのか」

「なんで私は悪くないのに、こんなに尽くしているのか」

と。

この人がいると毎冬、こうして思い出す

「この人」

・

・

・

私は自分のために生きている

そうだよ自分軸を持とう

そう思いました

大事なのは人を好きななるとかならないとかではなく、「自分で根を張る」こと

「自分でしっかりと立つこと」なんだ

人生の木

人生の木とは「自分」

その根っこは大地にしっかりと根を張り、風が吹いたって1人で立っていられる

雨が降ったら、栄養に変えよう

枝を張り、手を広げて成長して行く

葉を茂らせてそこに真っ赤な実をつける

鳥が止まり、虫が樹液を吸っている

私は「木」になって、軸を持とう

と。

誰かに寄りかからない

自分の軸

そこに大切な人が巣を作ってもいい、蜜を吸ってもいい、実を食べてもいい

私はこの太い幹でしっかりと立っているから

例え、実がならない冬でも、破風が散りさる台風の日でも、1羽の鳥もこない孤独な時でも私はここに根を張って自分を癒す

絶対裏切らない自分の居場所を

どんなに愛する人がいても

私はこの「木」だけは譲らないようにしている。

ぶれないようにしている

「これからは家族だね」って最愛のパートナーと結ばれる日が来たとしても

愛おしい我が子を手に抱いた日が来たとしても

この木に幹には触れさせないって決めている

私が守っていくもの、こそが私の愛するもの。

枝や葉に宿るその人足しを守るためにも私は自分の木は守っている

イメージ

私の頭の中はいつもこうなっている 笑

私は

この心地いい「人生の木」の創設者なんだ

今日はどんな鳥が遊び、癒しに来てくれるのか

この幹や葉でどれだけの人を守っているのか

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コメント

  1. ガトー より:

    「人生の木」素晴らしい考え方だと思います。
    日本人の特性なのか、自己評価は他者評価の積み重ねで形成されがちですよね…
    自分の中で、自分の存在を人生の主役としてしっかり作るってすごいことですよね。
    どうしても人の目や評価を気にしてしまうのは本能なのでしょうか…
    飲み会は大嫌いで乾杯が終わるとトイレに行くふりをして逃げてた時期もありました。
    何度か逃げていると飲み会なのに監視が付くようになり、上司からの叱責も受けました。
    無礼講の意味わかりません(笑)
    介護をやっていた時は、何があっても自分の信じる芯みたいのものはぶれることなく持ち続けていました。
    だから人も集まってくれたんだと思います。
    今でも考え方の芯になるものは変わってません。

    でも介護を離れると自分を形成していたものがなくなり、社会生活もままならない状況になっています。
    これから自分自身の人生の木に水をあげ、肥料をやり、お日さまの光を当てて、少しずつ育てられたらいいなぁと感じました。
    まだ間に合いますよね
    今は自己肯定感が低く、また罪悪感も強く自分を罰したいという欲求も強いです。
    でも少しずつでも自分を認められるよう日々を暮らしていきたいと思いました。

    1. yasuno より:

      何歳になても、どんな失敗があっても、ガトーさんの人生は素晴らしく「自分の人生の木」なんです。
      おちみそいことなんてないし、自分を罰したいと思うなら、「楽しむこと」なんです。
      罰を受けるって、自分の罪を償うってこと??
      私も思い出すと悔しいぐらい自分を傷つけたくなる罪を背負っています。
      ガーっと溢れ出す自分を許せない気持ち。こんな自分は笑うしかくもないと感じる瞬間。
      そこに償いができるとしたら、他者の誰でもを「わらわせてあげる」ことではないでしょうか?「楽しく」生きて、死ぬまで泣かないくらいの気持ちを持つことではないでしょうか。
      隠の気持ちに引っ張られないでください。がんばらないでください。
      大地に根を張って倒れない木はただそこで待ち、ニコニコと笑っている気がします。
      無理はしないで。ガトーさんの楽しいことを増やしていけば「木」の「気」は変わります。

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